信じるという事 その2

   

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信じること

 

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前回自分を信じる事=自信とは

ポッと出来るものではなく

経験と実績によって育っていくもの

という私なりの考察になりました

 

でも、それだけでは

自分は何があっても大丈夫

というような自信に

つながらないという事も

気がついたのです

状況を全部把握しコントロールすることは不可能

 

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結果に責任を取りたくとも

なぜこんなことが?災難としか言えない

と言いたくなる出来事ってありますよね…

 

仕事に向かう途中で事故にあった

自分の家族が急に入院した

自然災害

産まれて育った環境

などなど…

 

自分でコントロールできる

ことに対しては

その時出来る限りを尽くし

誰かのせいにせず、責任を取ろう

そう思えるのですが…

 

自分が理解できない範囲の事

コントロールしようがない事に関しては

悲しかったり、怒りがわいてきたり

この先を考えたら恐怖が出てきたり…

この状況を理解しようとしても

上手く行きません

 

けれど、よく考えたら

世の中自分がコントロールできる事柄

なんて一握りなんですよね…

 

何故こんなことが私の身に起こるのか?

分からないから恐怖を生み出し

怒りを生み出し

悲しみを生み出し

全てに無力感が起こっていました

大きな視野で見る

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何があっても私は大丈夫

そういった力が宿るには

近視眼的な見方ではなく

全体を見渡す視野を持つ事

が大事ですよね

 

例えば

何日も前から準備をしていた

大事なプレゼンの日があったとします

昇級がかかっている大事なプレゼンです

けれど仕事に行く途中に

事故にあい入院してしまいます

 

夢も逃し、健康も失ったかのように思えて

絶望していたら

丁度同じ部屋にいた人と仲良くなり

自分の身の上話になりました

 

丁度その人は今から始める仕事の

パートナーがほしかったと言います

その出会いをきっかけに、新たな仕事に出会い

その仕事は自分にぴったりで

さらに仕事先で人生のパートナーにまで

出会う事に…

 

どうでしょう?

なんて運命的なストーリー

 

その時だけ見れば事故にあうし

昇給は逃すし…散々

でも、長い目で見れば最善の事が

起こっていたんだと理解できるのです

目に見えないけれど私たちに働く力

 

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このようにドラマティックな出来事でなくとも

自分がぜんぜん気が付かなかっただけで

このような経験が沢山あったことに気が付きました

 

あの時は辛かったけれど、今考えたら

あの時があったから今があるんだな

そうか!!やっぱり人生の出来事は

いつでも私たちにとって

最善で最高の出来事なんだ

 

とストンと腑に落ちたのでした

 ゆだねる

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私はその気づきから

大きな視点で見る努力をしました

自分ではどうしようもないと

感じる出来事が起こっても

 

「大丈夫、今じゃないんだ」

「大丈夫、よりよくなるための演出なんだ」

と考えられるようになっていったのです

 

「信じる事 その1」でも書いたように

人は分からないものに対して

大変な恐怖を抱きます

 

心理的な恐怖は肉体にもつながっていて

怖いと感じる時、筋肉が硬直して肩が上がります

呼吸は浅くなりエネルギーは滞ります

 

なぜ?こんなことが起こるの?

なぜ?こんな時に限ってこの先どうなるの?

なぜ?私だけ?何が起こっているの??

 

色々な不安や恐怖が心を乱し

身体のバランスを崩し

ドンドン負のスパイラルに

はまっていくのですが

大いなる力を信じることが出来れば

 

なぜ?こんなことが起こるの?

なぜ?こんな時に限ってこの先どうなるの?

なぜ?私だけ?何が起こっているの??

 

に対して答えが出るのです

 

それは私にとって最善で最良な出来事だから

 

このように信頼していく事で

恐怖や不安を無くし

スペースをつくりハートを開かせます

 

何?この劇的な演出~!!

これからどう良くなっていくの??

 

と楽しみめたらもう最高ですよね

落とし穴

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けれど大いなる何かや神様や

人智が及ばぬ出来事を信じるという事に

落とし穴がある事に気が付きました

 

それは「信じる事 その1」

で書いた記事の内容にもあるように

 

自分で責任を取る態度

 

がなくては信頼が築けないという事です

 

スピリチュアルにはまっている方で

目に見えない世界がわかる人に

選択権をゆだねたり

目に見えない世界がわかる人に

自分を定義させたりしている方を

身近で見る機会がありました

 

先生のいう事だけ聞いていれば

人生が開ける

ブロックさえ外してもらえば

上手く行く

と信じている様子で前に進んでいたのだけれど

自分の人生を信じる力は育たなくて逆にどんどん

信じる力がなくなっていったのです

 

このような思考は

エネルギーがどんどん流れ出し

目に見えない世界は

見える人だけの特権のように感じてしまい

自分も平等に見えない世界から

力が働いてることを信じられない

と学んだのです

 

私達が大いなる何か人智も及ばぬ何か

と信頼関係を気付くとき

そのような目に見えない世界に精通している方

からの助けはあったとしても

選択や答えは必ず自分で見出さなくては

外にパワーを与えるばかりで

自分に生きる力がなくなってしまうのです

自分自身がしっかり自分の人生を歩むために

見えない世界との信頼関係を築いているはずが

逆効果になってしまいます

人事を尽くして天命を待つ

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私は

出来る限りのことはやる

コントロールできないことは

最善な事が起こっていると

見えない力を信頼する信じる

 

そんな経験を通し

人生そのものが

変わってきたのです

まさに

人事を尽くして天命を待つ

です

 

 

目に見えない力を信じる事

最初はそれ自体が妄信と何が違うか

分からなかったのですが

今は色々な出来事や色々な人のおかげで

見えない世界とのかかわり方が少しずつ

だけど育ってきたように思います

できるところは自分で創造し続ける

そしてゆだねて任せる

この両輪のバランスが取れて

初めて安定して前に進める

のですね。

 

人間関係、仕事、健康、家族、学び

ある領域ではバランスよく機能し

ある領域では全く機能しない

その時のコンディションにも左右される

そのように全体で見れば学びだらです

 

私はきっとそれを学ぶために

人生に色々なドラマティックな

演出をしているのでしょうね

 

人それぞれにそれぞれの課題があり

それが個性というものなのでしょう

 

あまりにも演出がすごくて

ついつい夢中になり

まわりが見えなくなる事もありますが

信じる事は

こつこつ積み重ねて育てるもの

それを忘れず

ゆっくり一歩一歩前進していきたい

そう思います

 - 日記, 気づき