レプリカを手にする代償

   

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娘が学校で友達関係が

上手く言っていないと

泣きながらお話してくれました

3人組でいつも過ごしていたのに

急に自分だけ遊んでくれなくなった

というのです…

 

私は聞き役に回って

彼女がどうしたいのか

尋ねました

彼女はどうしても

そのグループにいたい

というのです

 

よくよく聞いていたら

その2人とは毎日のように

言い争いのような事が

あった様です

 

私からすれば

一緒にいるのが楽しいようには

聞こえません

もちろん楽しいときも

あるようですが

それ以上に何か我慢して一緒に

いたようです…

 

このような人間関係の学びは

辛いし心も痛むしハードですよね

社会人ならまだしも

学生時代は学校が生活の

大半を占めるので

彼女の悲しむ姿に胸が痛みます

 

別にそこのグループに

こだわらなくとも

他におともだち沢山いるんだから

違う子に遊んでと言えばよいのに

と思うのですが

 

それは沢山友達と喧嘩して

泣かして

泣かされて

色々な距離感を体験して

少しずつ学んでいくのかも

しれません。

 

こんな話をしていて思う事は

本当に自分が望んでいる物

と偽物って

なかなか見分けがつかない

複雑な仕組みになっているな

と感じます

 

寂しくて

話し相手になってくれる人

とずっと一緒にいる

その人とは実は気が合わない

けれど、自分が少し我慢すれば

何とか関係は続きそうだ

そんな関係を続けていくうちに

自分を大事にされていない気がする

 

そばに誰かがいてくれるのに

繋がりが持てない

それって一人でいた時よりも寂しい

けれど、その偽物、レプリカでも

無いよりはましだと思うのです

 

子どもだけじゃなく大人も

何かとレプリカと本物が

わからない状態に陥っている

と思うのです

 

お金が欲しい

本当に欲しいものは安心かも

資格がほしい

本当に欲しいものは尊敬かも

自信がほしい

本当に欲しいものは自分との

強い繋がりかも

 

いくらレプリカを手にしても

「これさえあればいいと思っていたのに」

と何故か満たされなくて

満たされるどころか

がっかりする事ばかり…。

 

そればかりかレプリカを手に入れることは

本当に欲しいものを

遠ざける事にもなっていて

 

お金があれば安心だと思い

いっぱい働き、時間が無くなり

家庭が壊れた場合

本当に欲しかった「安全」までも

壊すのです

 

本当のつながりがほしいのに

レプリカを手に入れるために

自分を出さずに押し殺す

そのため本当の自分と

つながってくれる人はいない

だって本当の自分を押し殺している

訳ですから

本当のつながりを永遠に失う

 

尊敬してほしいのに

資格ばかり取っても

その資格だけがすごいと言われ

自分自身は尊敬されているように

感じられません

そしてもっともっと資格をとっても

結局褒められるのは外側だけ

何もない自分では尊敬されない

そんな気持ちを強めるばかり

やはりそれは一番欲しいものを

遠ざけるだけなのですよね

 

いったい私たちは

本当は何がほしくて

もがいているのでしょうか?

そして間違って何を手にして

何を失っているのでしょうか?

 

あぁ私がまさにそんな人生

歩んでいたなと感じています

 

娘はまだまだ幼い

私にできることは

この経験を受け入れることが出来き

前に進めるようにただそばにいて

聞いてあげる事しかできません。

 

最終的には絶対にママが

あなたを守るから

いっぱい経験しておいで

そんな気持ちで聞いています

 

私も最近は色々とつまずく時に

最終的には絶対に私は守られているから

いっぱい経験すればよいと思えている

それは大いなる何かを

信じているからですね

 

私の子も

今は私を信頼してくれているように

大人になったらこの世界を

信頼できたらいいなって思います

 

 

 

 

 

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